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俺的ハント症候群の日誌

何気なくちょこちょこと。闘病日誌と言うより日々の記録的な。

今年の311

明日の3/11を前に

TVでは特集をやっている。

ワイドショー漬けの今は

 

よく見る事になる。

中でもすごく心に留まったのは

生きてやろうじゃないの!」

と言う本の紹介だ。

TVのディレクターのお母さんで

地元福島にて被災された方の手記。

今日見た放送ではほんの一部しか

紹介されていなかったんだろうけど、


震災から6年経った今、

改めて考える時間ができました。



俺も実際、身内の用事で

震災後に仙台福島を訪れた事があった。

TVで見たような、

あるいはもっと何も無くなった

広大な大地を目の当たりにして

「元々ここには・・・」と

イメージを膨らませるのが

その時できる精いっぱいだった。

言葉は出なく、

不用意に出しては

いけないような気もした。



話を戻すが、

著者の武澤順子さんは手記の中で

震災直後、

「3月11日 あの時猛り狂い 咆哮し 大地を襲った海は 本当にこの海だったのか 今は静かに潮騒の中に 白い小さな波頭が見えるだけ・・・ 眼の前のガレキの山は当分消え去りそうにない 自然の前に 人は何と無力なことか 何百人もの命を一瞬にして奪ってしまった・・・ 悠々と流れていく雲よ お前は何を見ていたの 海は怒り 大地が鳴動するさまを 小さな蟻のように 人々がもがき苦しむさまを 黙って見ていたの? 大自然の怒り 人間は小さな生き物かもしれないけれど 人間よ たかが人間 されど人なり」

と語り、その後の心境の変化として

「おーい雲よ……
あの日の雲じゃないだろうけど、
あの日の私でもないんだよ。
あれから……しっかり生きてきたんだよ」

 

と書き綴っている。

その行間をしっかりと

読みたいなとも思ったし、

今迄や今の自分の状況と照らし合わせて

考える事ができそうだと思いました。



俺もあの日の俺じゃない。

「あの日」はいつなのか

みんなそれぞれの「あの日」はある。

立ち止まってでもいい、

これから一歩でも前に進んでいけたらと

そんなことを思う今日でした。